えんゆうじ
新潟県長岡市村松町2057
天平年間(729~)古志郡岩井谷に開創。当初は天台宗で貞元年中(976~77)円融天皇の勅願所となり、菊花御紋章を許され法幢大いに栄えたという。
永正四年(1507)兵火により堂塔は炎上したが..
永正四年(1507)兵火により堂塔は炎上したが、薩摩国鏡伝比丘善光寺如来の霊夢により再興、慶長三年(1598)上杉景勝の会津移封に住僧随伴したが、翌年遺民一揆の攪乱で寺坊が又々焼失し退転した。
元和二年(1616)高野山宝亀院末格院となり、宝暦十三年(1763)除地十二石、長岡藩主牧野候の崇敬を受ける。代々有徳の師輩出し、四十一代宥寛の弟子弘基は本山智積院三十世僧正に進んだ。明治四十三年(1910)京都智積院末となり、法燈連綿千二百有余年に及んでいる。
醫王山
真言宗
智山派
阿弥陀如来
越後薬師霊場第四番札所
有り