創建年代は不詳だが、了清(慶長2年/1597年没)の創建とされるため、これ以前と考えられる。
もとは天台宗の寺院であったが、貞享3年(1686年)に4世・智雲によって真宗佛光寺派に改められた。このとき本山から寺号を下賜された。のちに浄土真宗本願寺派へ改められた。
享保5年(1720年)、6世・覚恵のとき前の本堂が建立された。この本堂は文政2年(1819年)の大地震によって倒壊した。
現本堂は法光寺・妙楽寺に次いで明治5年(1872年)にようやく建てられたもので、当時廃仏毀釈の最盛期であったため寺院として排斥されぬよう寺院らしからぬ外観とされている。
もとは妙楽寺の末寺であったが、戦後の本末制度解体によって独立した。