つなしきゆきえてんまんぐう
京都府京都市下京区西七条北東野町4
昭和9年(1931年)、西七条村に祀られ、共に洛陽天満宮二十五社に数えられていた綱敷天満宮と行衛天満宮を合祀して創建されました。 「綱敷天満宮」は菅原道真が筑紫に左遷され博多仁上陸されたとき船の綱..
昭和9年(1931年)、西七条村に祀られ、共に洛陽天満宮二十五社に数えられていた綱敷天満宮と行衛天満宮を合祀して創建されました。 「綱敷天満宮」は菅原道真が筑紫に左遷され博多仁上陸されたとき船の綱を敷いて御座としたら一夜にして白髪となりその様を画にしたところ、それが綱敷天神像と呼ばれ、社名はその神像を祭ったことが由来とされているそうで、「行衛天満宮」は元々「靱負天満宮」とされ、平安京の右京を南北に通り、道真も良く通ったとされている「西靱負小路」に面していたことから名付けられたそうです。
綱敷天満宮と行衛天満宮が合併してできた。現在は松尾大社の境外末社として管理されている。
菅原道真公
昭和9年(1931年)
京都市営バス七条御前通から徒歩2〜3分 JR梅小路京都西駅から徒歩10分