うきひじんじゃ
三重県津市白山町福田山 807
宇気比神社の創立は、文禄二年(一五九三)と伝えられるが、天正年間(一五七三~九一)にこの地に住し、のも真見の城主となった北畠国司の家臣福田帯刀が信仰したともいわれるので、その頃かとも考えられる。明治..
宇気比神社の創立は、文禄二年(一五九三)と伝えられるが、天正年間(一五七三~九一)にこの地に住し、のも真見の城主となった北畠国司の家臣福田帯刀が信仰したともいわれるので、その頃かとも考えられる。明治四二年に、地域内の各社祠を合祀しているが、その時に現社地に移築した石灯籠・石鳥居等に古い年号の銘が刻まれている。合祀された大原の須賀神社に奉納された灯籠の銘は貞享二年(一六八五)この社は天文二一年(一五四三)の創建である。 また、当神社所属の木製の番帳があり、氏子の間を年中廻送されているが、その表面に「八王子西ノ両宮愛宕山牛頭天王」、裏面に「覚福田山村中日参 文化二丑年(一八〇五)正月」と記されている。尚、大原の天王社の祠はそのまま残っており、そこに立つ石灯籠には、右「宝暦一一己年(一七六一)三月吉日寄進大原村中)、左は「貞享三年(一六八六)寅天霜月吉日奉造立石燈籠大原平岡梧右衛門」の刻銘かある。
《主》天忍穂耳尊,《配》素盞嗚尊《合》蛭子命,宇迦御魂命,応神天皇,護国の英霊,
福田山宇氣比神社
有り