ながせじんじゃ
三重県鈴鹿市長沢町 2201
当社の創祀については詳かではない。伊勢国鈴鹿郡長瀬神社が当社に当たる。『亀城兎園記』(元禄成立)をはじめ『宝暦九年八月上進神社記』にも「鈴鹿郡長澤村長瀬神社延喜式内」とあり近世も早い時期より延喜式内..
当社の創祀については詳かではない。伊勢国鈴鹿郡長瀬神社が当社に当たる。『亀城兎園記』(元禄成立)をはじめ『宝暦九年八月上進神社記』にも「鈴鹿郡長澤村長瀬神社延喜式内」とあり近世も早い時期より延喜式内長瀬神社と称している。『宝暦神社記』は祭神を「祭所住吉大明神」としており、住吉神としての信仰が篤い神社で江戸時代と通じ近郷の人々の氏神として崇敬されていた。明治八年、式内長瀬神社として決定をみ、明治四〇年頃、長沢地内の諸社を合祀して、明治四四年二月、字北帝より北能褒野に遷座して現在に至っている。尚、新社地は合祀したものと武備神社の鎮座地であったところである。
《主》倭建命《合》底筒之男命,中筒之男命,表筒之男命,品陀和気命,天照大神,天児屋根命,宇迦之御魂命,大国主命,別雷命,大伴武日命,速玉之男命,伊邪那美命,大事忍男命,水波能売命,火之迦具土命,速須佐之男命,大山祇神,木花之佐久夜毘売命,
歳旦祭 祈年祭 夏祭(水無月祓)例祭 新嘗祭 師走(晦日大祓)
有り