九頭神社とも書く。祭神は霊連神。
「大和誌」 「出雲建雄神社、所在末詳、或日在蘭生村今称葛神即比」として、「延喜式」神名帳に記載の山辺郡下「出雲堂雄神社」を当社にあてる。
社記に、祭神は出雲建地神または建速家鳴命とされ、江戸笘代の調書によると、大永四年(一五二日)に社殿が造営され・文明四年(一日七二)以来の形式によって祭礼が執行されたという。
また、住古毎年六月9日に営我尾池のほとりで行われだ「沖灘のたけを祭」が、のちの夏祭りとなったと伝える。宮座に関しては、文明六年(一四七四)より今に至るまでの頭入り名簿が残る。境内の新大夫施人永禄二(一五五九)造立の石灯籠には「カ頭大明神」の社名を列む。
また、社殿南側には、水室跡があり、簡生の地は都初村のなかでも古いことや、飛鳥や藤原京に追いことから、これらとのつながりが考えられる。
-現地案内板による