えぐりじんじゃ
奈良県桜井市上之庄477
創建は不詳で、延喜式神名帳の城上郡「殖栗神社」とされていますが、江戸時代から明治7年頃までは「三十八社神社」と称していました。同40年小字十ノ森にあった春日神社を合祀した時、十ノ森の近くに字江繰があ..
創建は不詳で、延喜式神名帳の城上郡「殖栗神社」とされていますが、江戸時代から明治7年頃までは「三十八社神社」と称していました。同40年小字十ノ森にあった春日神社を合祀した時、十ノ森の近くに字江繰があったため社名を殖栗神社と改めました。その春日神社の祭神は不詳ですが、江戸初期には「藤森(とうのもり)、六神」とあり六柱の神を祀っていたようです。殖栗については「春日社記」に、茨城県鹿嶋市の鹿島大神を大和へ奉遷する際に、随行の中臣時風・秀行に殖栗連の姓を賜ったことが記されています。
殖栗王、天児屋根命
式内社(大和國城上郡 殖栗神社)論社
銅板葺の一間社春日造
10月1日