おおえじんじゃ
京都府京都市西京区大枝沓掛町7-52
康保4年(967)施行の『延喜式』には、神社の名前として『乙訓郡大井神社』と記載されている。現在の氏神は、高美計神である。この地の先住民である大枝氏の祭祀神といわれている。しかし、はじめは聖徳太子の..
康保4年(967)施行の『延喜式』には、神社の名前として『乙訓郡大井神社』と記載されている。現在の氏神は、高美計神である。この地の先住民である大枝氏の祭祀神といわれている。しかし、はじめは聖徳太子の幼児の像が祀られていたところから、千児明神と称していた。現在、児子神社はこれより東方、大枝塚原町の地にある。 境内には、享保8年(1723)と記された石灯籠があり、江戸時代にはさかえた様がうかがわれる。 明治6年(1873)村社に公定される。
京都市西京区大枝沓掛町に鎮座する式内社
高美計神
式内社(山城国乙訓郡 大井神社) 旧村社
5月21日の直前日曜日