そうどうじんじゃ
茨城県下妻市宗道8
当社に伝う話、宗道神社はもともと宗任神社の末社で八坂社、黒巣天王と言う。祭主家裏に庚申社があり、昔、早良親王(崇道天皇)都より逃れこの地の長、黒巣の娘と結ばる。それ以降、黒巣家代々姓の上に、鐘林宮付..
当社に伝う話、宗道神社はもともと宗任神社の末社で八坂社、黒巣天王と言う。祭主家裏に庚申社があり、昔、早良親王(崇道天皇)都より逃れこの地の長、黒巣の娘と結ばる。それ以降、黒巣家代々姓の上に、鐘林宮付く。日光東照宮建造より、庚申社が流行り、祭主家裏に早良親王の供養に庚申社を祀り、その守護神として黒巣天王(八坂社)を祀る。祭主家より宗道神社までは、一直線の道が江戸後期頃迄存在していた。当社、江戸中期の文書に末社須佐之男命と有る。又、上河岸、中河岸、(下河岸)達の助けで、祗園祭を盛大に行われていた。
須佐之男命
旧村社
寛永年間(1624~1645年)
宗道駅徒歩8分
無し