やまがたじんじゃ
山梨県甲斐市篠原191
徃古信楽を総称して大原山と言った頃から素盞鳴尊を奉祀し、神亀四年大原山の名称を廃して付近の八ヶ村(神山、小川、柞原、朝宮、野尻、勅旨、牧及び伊賀の槇山)の氏神とする。 宝亀十一年四月の祭礼の際、御..
徃古信楽を総称して大原山と言った頃から素盞鳴尊を奉祀し、神亀四年大原山の名称を廃して付近の八ヶ村(神山、小川、柞原、朝宮、野尻、勅旨、牧及び伊賀の槇山)の氏神とする。 宝亀十一年四月の祭礼の際、御旅所であった勅旨に一社を創設しようと氏子との争議があり、当時神輿の神山帰還が出来ず三年間奉祀し、天応の年四月神輿の奉還を図り、途中再び一年間笹尾山に奉祀し翌年四月に神山へ帰宮する。後笹尾山に一社を創設し、明治維新の頃まで維持経費を負担したという。 保安四年長野村より神輿の還幸の願いがあり、共に四月に祭礼を行っていた。更に隣村の江田村からも要請され文永七年から三ヶ村合同による祭りとして渡御が実施されていた。明治十三年三ヶ村の合議により神山、江田のみによる祭礼を定める。配祀神、大山津見神は神山字市場に山之神神社として鎮座のところ、大正四年五月二十四日許可を得て本社に合祀される。(山梨県神社庁HP)
山縣大弐
九月二十二、二十三日